調香師の手帖ー Carnet du Parfumeur
【調香師の手帖⑫】誰にも会わない夜の香水

寝る前に香水をつける人がいる。
ポー・ドゥースを、寝香水にしているのだという。
これから人に会うわけでもない。
出かけるわけでもない。
むしろ、もう今日の用事は全部おしまい。
それなのに香水をつける。
なかなかいい。
ポー・ドゥースとは、フランス語で「やわらかな肌」。
ベルガモットとラベンダーの清潔な香りに、アグライアの花。
そこへサンダルウッドとムスクが重なって、時間が経つほど肌の匂いに近づいていく。
ホワイトペッパーとサフランも、ごくわずかに入っている。
だから、ただ清潔でやさしいだけではない。
ほんの少し、体温を感じる。
お風呂に入る。
パジャマに着替える。
ポー・ドゥースをひと吹きする。
そして寝る。
誰にも気づかれないかもしれない。
それでいい。
考えてみれば香水というのは、誰かのためにつけなくてもいいのだ。
今日最後に嗅ぐいい匂いが、自分の肌からする。
寝香水というのは、案外そういう贅沢なのかもしれない。