【調香師の手帖⑪】いい女、いい男、いい香り

夏、雑踏を歩いていると、匂いの洪水に巻き込まれる。
汗、生乾きのシャツ、ずいぶん自己主張の強い柔軟剤。
人間が大勢集まるというのは、なかなか嗅覚に厳しいことである。
そんな中、ときどき、すっと一筋の風が吹き抜けるように、いい香りがする。
思わず振り返る。
ところが、振り返ってみても、その人が美男美女とは限らない。
いや、これは悪口ではない。むしろ、そこが香りの面白いところなのだ。
いい香りがした。ただそれだけで、その人が急に、いい女、いい男に見えてくる。
香りというものは不思議である。
目鼻立ちを一ミリも変えないくせに、その人の印象だけを、ずいぶん美しく整えてしまうのだ。
顔立ちは、目の前にいるあいだしか見えない。
けれど香りは、その人が通り過ぎたあとにも、しばらくそこに残っている。
そして、こちらの記憶にまで居座る。
いい女、いい男というのは、造作の問題ではない。
清潔な服を着ているとか、話し方が穏やかだとか、食べる姿がきれいだとか。
そういう、本人が日々選んできたものの集積である。
香りも、その一つなのだと思う。
大声で自分を売り込むのではなく、近づいたときにだけ、そっと気づかせる。
そのくらいの香りは、顔立ちよりも雄弁に、その人の美意識を語る。
別れたあと、もう一度会いたいと思わせる人がいる。
ひょっとするとあれは、「会いたい」の半分くらいは、「もう一度、香りたい」なのかもしれない。
いい香りとは、顔を美しく見せる化粧ではない。
その人の輪郭を、ほんの少しだけ魅力的にする余韻なのだ。

西風を意味する、オリジナルパルファム「ZÉPHYR(ゼフィール)」。
すれ違ったあと、風の中にほんの少し、その人を残す。
そんな香りである。
既製の香りをまとうのもいい。
自分で香りをつくるのもいい。
香りは選び方まで含めて、その人らしさなのだから。