調香師の手帖ー Carnet du Parfumeur
【調香師の手帖⑩】美しい嘘を吐く香り。

嘘というものは、真実に少しだけ化粧をする。
そして人は、それを美しいと呼ぶ。
古い映画のラストシーン。
オーダーを聞く女に、彼は言う。
「最高のものを。」
実に簡単な注文である。
だが、最高のものとは何だろう。
料理なのか。
酒なのか。
人生なのか。
それとも、他人の人生なのか。
彼が重ねた嘘と罪。その代償は
最高の時間に見合うものだったのだろうか。
映画は、その問いに答えない。
ただ、太陽だけが男を照らし続ける。
そのラストシーンを香りにした。

弾けるシトラス。
乾いたグリーン。
露をまとった白い花。
やがて、海風のような透明感が肌をすべり、静かなムスクの香りが漂う。
爽やかである。
明るいのである。
しかし最後に残るのは、
“最高のもの”ではない。
ラムである。
ラムは、暗いバーの片隅が似合う。
眩しい太陽の下ではない。
美しい。
ただ、堕ちていく美である。
それでも人は、惹きつけられる。
だから人は、美しい嘘をまとう。