【調香師の手帖⑨】昼の風と、夜の月

同じ人が歌っているのに、
昼の歌と夜の歌では、まるで別人のように感じることがある。
昼の歌は、窓を開けたくなる。
カーテンが風にはためいて
窓辺には汗をかいたグラス。
今日は少し歩いてみようか、と思う。
難しいことは何も言わない。
ただ、「生きていて悪くないな」と思わせる。

一方で、夜の歌は少し違う。
部屋の明かりを落として、
誰もいない時間に、
ひとりで聴きたくなる。
静かなのに熱がある。
優しいのに、どこか危うい。
もう少し、この夜に沈んでいたい。
どこまでも落ちていけそうなのに、
不思議と怖くはない。
そんな危うさがある。
昼と夜。
どちらも同じ人から生まれているのに、
漂う空気は驚くほど違う。
香水も、そうあっていい。
そう思って作ったのが、
ZÉPHYR と MOONLIGHT。
—
ZÉPHYR は、昼の香り。
ベルガモットと柚子が風を起こし、
白茶がその風をゆっくりと整える。
光が、透けている。
風に逆らうのではなく、
風に身を任せる。
どこまでも軽く、
どこまでも高く。
空へ舞い上がるというより、
空気そのものになっていくような感覚。
木々は姿を見せない。
ただ、風だけが通り抜けていく。
—
MOONLIGHT は、夜の香り。
ホワイトムスクが静かな余韻をつくり、
アイリスとトンカビーンが、
月明かりのように淡く肌へ残る。
温かいのに、
どこか切ない。
近づけば柔らかく、
離れると、もう一度思い出したくなる。
慰めてくれる夜ではない。
もう少しだけ、この夜に沈んでいたい。
そんな危うさを、
静かにまとわせる香り。
—
音楽には、
昼の曲と夜の曲がある。
香水にも、
そんな二つがあっていい。
今日は風をまとうか。
それとも、
月明かりをまとうか。
その日の気分で選べる相棒が、
一本ではなく二本あるというのも、
なかなか贅沢なものだ。