調香師の手帖ー Carnet du Parfumeur

【調香師の手帖⑥】“いい香り”をつけている人ほど、なぜかモテない。

店に立っていると、時代を象徴するような一言に出会うことがある。
「好かれる香り、ありますか?」

 

実に慎ましく、奥ゆかしい。
そして、その瞬間に、香りは死ぬ。

 

好かれたいという気持ちで選ばれた香りは、
たいてい、誰の記憶にも残らない。

 

世の中には
「清潔感」という言葉を免罪符にした、無臭の香水が溢れている。

 

洗いたてのリネン。
柔軟剤。
石けん。
ホワイトムスク
シトラス。
“透明感”。

 

便利な言葉である。

 

透明感というのは、たいてい、
「特徴がない」をオブラートで包んだ表現だからだ。

 

しかし人間という生き物は、本来、
少しだけ癖のあるものに惹かれる。

珈琲は苦い。
チーズは臭い。
煙草は煙たい。
ウイスキーは喉を焼く。

 

にもかかわらず、
人はそれらを「好き」になる。

 

香りも同じである。

以前、ある国民的キャラクターブランドのプロジェクトで
4種の香水をデザインしたことがあった。

 

当然ながら、
多くの人に届くことが求められる仕事である。

 

こちらとしては、つい、
「誰からも好かれる着地点」
を探したくなる。

 

そのとき、先方のトップが、
こんなことを言った。

 

「“みんな好き”に落とさないでください。
誰か一人は、“これは苦手だ”って感じる香りにしてください」

 

なるほど、と思った。

 

長く愛されるものを作ってきた人間の言葉には、
妙な重みがある。

 

結局、
“全員が70点と思うもの”より、
“誰かにとって100点になるもの”
のほうが、記憶に残るのだ。

 

本当に好感度の高い香りというのは、
決して“全員に好かれる香り”ではない。

 

むしろ、
「誰か一人に深く刺さる香り」
のほうが、結果として印象に残る。

 

たとえば。

 

エレベーターですれ違ったあと、
なぜか記憶に残る人がいる。

 

別に派手なわけではない。
強い香りでもない。

 

だが、なぜか覚えている。

 

そういう人は、大抵、
ほんの少しだけ“変”な香りをしている。

 

ブラックティーの渋みだったり、
乾いた木の匂いだったり、
雨の前の空気みたいな湿度だったり。

 

つまり、
“説明しにくい違和感”
を持っている。

 

香水の面白さはそこにある。

 

「感じのいい人」で終わるか、
「なんか忘れられない人」になるか。

 

その差は、案外、
ベルガモットのあとに何を置くか程度の違いだったりする。

 

最近は、
“失敗しない香り”
ばかりが増えた。

 

けれど、
失敗しない香りは、
成功もしない。

 

少し危険で、
少し偏屈で
少しだけ「え、なにこれ」と思わせる香り。

 

それくらいがちょうどいい。

 

人間関係というのは、
結局、無難な履歴書ではなく、
妙な余白で決まるのだから。

 

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