【調香師の手帖⑤】なぜ柔軟剤の香りには“罪悪感”がないのか。

面白いもので、
香水には、少し罪悪感がある。
つけすぎていないだろうか。
人に迷惑ではないだろうか。
「気合いが入っている」と思われないだろうか。
ところが柔軟剤には、あまりそれがない。
同じように香りを拡散しているのに、である。
調香の仕事をしていると、
「香水は苦手なんです」という話を、よく聞く。
けれどその人たちは、不思議と柔軟剤の香りは嫌っていなかったりする。
むしろ、
「洗いたてのリネンみたいな香りが好きです」
「石鹸っぽい感じなら好き」
「柔軟剤みたいな自然な香りがいい」
と言う。
これはなかなか興味深い。
実際には、最近の柔軟剤のほうが、街中でかなり強く香っていることもある。
電車の中でも、エレベーターでも、ふわりと漂ってくる。
にもかかわらず、
香水ほど“攻撃性”を感じにくい。
なぜなのだろう。
たぶんそこには、
「生活の香り」という認識がある。
柔軟剤は、
洗濯や清潔感の延長にある。
つまり、
“身だしなみ”として認識されやすい。
一方、香水には、
どこか「意志」がある。
香りを纏おうとしている。
自分を演出しようとしている。
印象を残そうとしている。
人はそこに、少し敏感になる。
昔の香水は、特にそうだった。
私が若い頃は、
香水というのはもっと“主張するもの”だった。
あの頃の香水は、
部屋に入る前に、もう香っていた。
それはそれで格好よかったし、
時代にもよく似合っていた。
でも今は、
空気が少し変わった。
強い自己主張より、
周囲との距離感。
印象より、
心地よさ。
そういう感覚が、香りにも求められるようになった気がする。
だから最近は、
「香水っぽくない香水」が人気になる。

お茶の香り。
肌の延長みたいなムスク。
洗いたてのシャツみたいな透明感。
“私は香っています”ではなく、
“なんだかこの人、心地いい”
くらいの香り。
柔軟剤の香りが人気なのは、
香水が負けたからではない。
むしろ、
人が“香りに求めるもの”が変わったのだと思う。
強い印象より、
空気になじむこと。
色気より、
清潔感。
主張より、
心地よさ。
だから今、
調香もまた、大きく変わり始めている。
香水が嫌われるようになった、というより、
“強すぎる香り”が嫌われるようになったのではないだろうか。
その一方で人は
昔よりずっと
「いい匂い」でいたがっている。
面白い時代だと思う。