調香師の手帖ー Carnet du Parfumeur

【調香師の手帖④】“香水くさい”と言われる理由を、調香師目線で考えてみた

調香の仕事をしていると、よく言われる。

 

「実は、香水ってちょっと苦手なんです」

面白いもので、こちらが調香師だと分かると、みんな案外正直に言う。

そして私は、その気持ちがよく分かるのである。

 

私が二十代だった頃、香水というものは、もっと“戦闘的”なものだった。

駅のホームにも、エレベーターにも、喫茶店にも、誰かの香水が漂っていた。

 

香りというより、存在感である。

当時の女たちは、いまよりずっと堂々と香っていた。

Coco、Poison、Rive Gauche etc.

 

今の若い人が嗅いだら、たぶん驚くだろう。

だが、あの時代には、あれがよかった。

 

少し煙草の匂いが残る喫茶店。

カールしたロングヘア。

真っ赤な口紅。

夜。

 

あの濃厚な香りは、あの時代の空気によく似合っていた。

もちろん私も、例外なく“香水ぷんぷん族”の一員だった。

 

しかも今と違って、まだ香料そのものへの知識も浅い。

ただ「好き」で、ただ「格好いい」と思って、香りを纏っていた。

今思えば、かなり大胆な量をつけていた気がする。

 

ところが。

子どもが生まれると、人は突然、自分の匂いに敏感になる。

赤ちゃんというのは、信じられないほど匂いに近い距離で生きている。

抱く。
寝かせる。
頬が触れる。
髪が触れる。

そうすると、今まで平気だった香水が、急に「強い」と感じるのである。

 

しかも、世の中には「香りが苦手な人」が案外たくさんいる、
という事実にも気づく。

 

昔はそんなこと、あまり考えもしなかった。

香りは「好きか嫌いか」だった。

 

しかし実際には、香りには“圧”がある。

良かれと思ってつけている香水が、満員電車ではちょっとした暴力になることもある。

そこから私は、一度すっかり香水から離れた。

 

調香の仕事をしているのに、不思議な話だと思われるかもしれない。

しかし、香りを仕事にしている人間ほど、実は“香り疲れ”のような感覚を持つことがある。

 

代わりに深く惹かれていったのが、アロマや天然香料の世界だった。

 

精油。
ハーブ。
柑橘。
樹木。
花。

香りを「まとう」のではなく、空間に溶かす。

あれはあれで、とても心地よかった。

 

ただ。

長くアロマの世界にいるうちに、少しだけ物足りなさも感じ始める。

アロマは、空気を整えてくれる。

気持ちも落ち着く。

 

でも、どこか“自分自身の輪郭”までは作ってくれない。

そして調香を続けるうちに、改めて思うようになった。

香水には、やはり香水にしかできない表現があるのだ。

 

天然精油だけでは出せない空気感。

肌の上で時間とともに変化する立体感。

人の記憶に残る、“輪郭”のようなもの。

 

そこが、香水の面白さでもある。

 

そんなふうに考えながら、改めて今の香料や香水表現を見直してみると、
昔とは随分変わっていることに気づく。

軽い。

昔みたいに「私はここにいます!」と叫ばない。

 

近づいた時だけ、ふわっと香る。

お茶の香り。

洗いたてのシャツみたいな香り。

水や空気の延長みたいな香り。

 

香水というより、“雰囲気”に近い。

なるほど、と思った。

 

昔の香水は、“香りを主張する”ものだった。

一方で今は、“空気になじませる”方向に進化している。

 

これは調香技術の変化も大きい。

昔より、軽やかな素材も増えた。

透明感を作る香料も格段に進化した。

 

だから今は、昔のように『香水をつけています!』と叫ばなくても、

美しく香らせることができる。

 

だから、昔は香水が苦手だった人でも、

今なら意外と大丈夫かもしれない。

 

実際、「香水は苦手です」という人に限って、ティー系やグリーン系を試すと、

「あ、これは好きかも」と言ったりする。

 

調香師として店頭に立っていて感じるのは、多くの人が苦手なのは、

“香水そのもの”ではなく、“香水っぽさ”なのだ、ということだ。

 

強すぎる甘さ。

残りすぎるムスク。

過剰な拡散。

 

あの「いかにも香水です」という感じ。

もちろん、それが好きな人もいる。

私も昔は大好きだった。

 

でも今は、もう少し静かな香りがいい。

自分だけが少し気分よくなって、隣の人には、かすかに伝わるくらい。

 

歳を重ねると、香りの楽しみ方も変わる。

若い頃は、“印象を残したかった”。

今は、“心地よくいたい”。

 

香水を卒業したと思っていた。

でも実際は、そうじゃなかった。

ただ、自分に合う香りの時代が変わっただけなのだ。

 

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